自分の半世紀記事を書き、根性について考えた

最初の職場。ヤマハ札幌店で管楽器販売を担当していた(写真/梅津有希子)
講談社のFRaU Web編集部より、「梅津さんの半世紀を振り返る記事を書いてもらえませんか?」と依頼があり、以下の記事を執筆した。
フリーランス歴20年。昨年からお仕事をご一緒している編集者が、”高校野球ブラバン応援研究家”や”だし愛好家”として活動したり、『終電ごはん』『吾輩は看板猫である』『ミセス・シンデレラ 夢を叶える発信力の磨き方」など、ジャンルバラバラの本を出したり、ライターとしてインタビューや食・健康関連などの記事を書いたりと、雑多な仕事をしているわたしに興味を持ってくれたようで、「詳しい背景を知りたい」という。
年頃の息子さんがいらっしゃり、デジタルネイティブの若者世代に思うことも多いようで、タイパやコスパなど微塵も考えず、「当たって砕けろ」精神で前に進んできたわたしのことを記事にしたいという、恐れ多いご提案。
「いちライターの半世紀なんて聞いたことありませんけど、需要なんてあるのでしょうか? わたしの人生はけっこう特殊な気もするので、あまり参考にならないと思いますし……」
と、一度はお断りしたのだけれど、
「梅津さんはコネなしで実績を積み上げ、大卒じゃなくても出版の仕事をし、何冊も本を出している。『今、どうしてもやりたいこと』がしっかり見えて、ブレずに行動し続けてきた。自分がどう生きたいのかを行動で示した結果ですよね。どのようにしてここまできたのかをぜひ書いてほしいのです」
といわれ、そんな機会なんてそうそうあることではないので、ありがたく書かせていただいた。興味がある方は上記の2記事を読んでみてほしいのだけど、要約すると、わたしの人生は「目標に向かって突き進む」ことと、「根性」でできている。
根性論は悪いのか
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中高の吹奏楽部時代、ひたすら目標に向かって突き進んできた。全日本吹奏楽コンクールに出場し、金賞をとること。もちろん、音楽の素晴らしさや楽しさ、奏でる喜びを存分に学んだのはいわずもがな。そして、部活で出会った仲間たちは一生の宝となった。部活をがんばってよかったと、心から思う。
そんな部活での経験は、卒業後30年経ったいまも自分のベースとなっている。「ライターになりたい」「こんな企画をやりたい」「この編集部で記事を書きたい」など、目標ができると少しでも近づくために、どうしたらいいか策を考える。
売り込みや企画書の送付など、まずは自分の意思を示さないことには誰も気づいてくれない。黙っていては、チャンスなんて舞い込まない。何らかの形でアピールし、発信し、目標に近づいていく。
わたしは昔から、「夢」という言い方をしたことがなく、「◯◯することが目標です」と言ってきた。「ライターになることが目標」「こんな本を出すことが目標」「いつか甲子園でブラバン応援コンサートをすることが目標」といった具合に。
結果、ぜんぶ達成してきた。よく言われるけれど、「やりたいことは、口にしないと叶わない」のだと思う。
現在よくいわれる「オンリーワン」や「個性」という言葉。もちろんそれはけっこうなことだと思う。ただ、人生どこかで必ず勝負しなければいけない場面があるし、「ずっとみんなで仲良く平等に」というわけにはいかないのではないだろうか。
目標に向かって突き進む。
ここぞというときに、根性で踏ん張る。
半世紀記事を読んでくれた吹奏楽部の同期は、「うめのもともと持っていたメンタルと、部活で培ったメンタルが合わさっての賜物だなと感じたよ」という感想を寄せてくれた。
根性というと、「古い」だの「昭和」だのいわれるけれど、別に強要されたわけでもなければ、誰かに強要したこともない。自分がやりたいからがんばる。そう、わたしはがんばることが好きなのだ。ただ、それだけのこと。
中高の部活時代も、練習方法や上下関係の築き方など自分たちで日々考え、並々ならぬ努力をし、目標を達成してきた。その喜びはとても大きかったし、今の自分に大きな影響を与えている。
道なき道を切り拓くって、やりがいがあるし、おもしろいと思うけどな。
近年、部活=悪という声を見聞きするたびに、「部活をがんばってよかった」という声をもっと聞きたいな、と感じている。
自分の半世紀を振り返り、ふとそんなことを考えた。
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